
日本でそのままクライミングの道を歩み続けることもできた。しかし19歳の平山ユージさんは、ヨーロッパのトップクライマーたちがどのようにトレーニングしているのかを知り、自らも世界の頂点を目指すため、フランスへ向かった。
数年間をフランスで過ごした経験は、彼のクライミングだけでなく、世界を見る目にも大きな影響を与えた。帰国後、世代を代表するクライマーの一人となった平山さんは、40年以上にわたってクライミングを続けながら、現在は自身のクライミングジムやさまざまな活動を通じて、その経験を次の世代へ伝えている。
「環境は大切です。ヨーロッパへ行って、最高レベルのクライミングを学び、その経験を日本に持ち帰りたいと思っていました。」
フランスへ
平山ユージさんがクライミングを始めたのは15歳のときだった。すぐに世界のトップクライマーたちと肩を並べることを目標に掲げるようになる。
17歳でアメリカに数か月滞在した際、ヨーロッパのクライマーたちと出会い、その技術の高さに強い刺激を受けた。帰国後はフランスのクライミング雑誌を読み漁り、トレーニング方法や技術の面で進んでいるように見えたヨーロッパのクライミングシーンに興味を深めていった。
そして19歳で、友人たちとともにフランスへ向かう。最初にマルセイユに入り、その後リュベロン地方へ。フランス語はほとんど話せず、現地のこともまだよく知らなかった。
しかし、フランスでの生活はクライミングだけにとどまらなかった。人との交流や食卓を囲む時間など、日本とは異なる文化や暮らしに触れるなかで、彼自身の価値観も少しずつ変化していく。
クライミングにおいても、ヨーロッパで新たな考え方を学んだ。フランスのクライマーたちはトレーニングを計画的に行い、限界まで追い込むことだけでなく、休むことにも同じように重きを置いていた。
そうした環境のなかで、ヒラヤマは自分自身のクライミングを模索していった。トレーニングの規律と、自由に登ること。その両方を経験したことが、その後の彼のスタイルを形づくっていく。
世界の頂点と、迷いの時期
やがて結果がついてくる。世界の舞台で活躍し、当時としては最高難度のルートにも挑戦するようになった。
しかし、目標を次々と達成する一方で、別の問いが生まれていた。
「なぜ、自分はまだ登っているのか」。
トレーニングと競技は、いつしか日常の一部になっていた。勝つことを目指して登り続ける一方で、それだけでは満たされない感覚も次第に強くなっていった。
転機となったのは、25歳のときに訪れた再びのアメリカだった。以前とは違う目で、世界を見ている自分に気づく。街の建物や身の回りの物、素材や形にまで自然と目が向き、「なぜこうなっているのだろう」と考えるようになった。
長年クライミングに打ち込み、トレーニングを続け、自分の居場所を探してきた時間そのものが、自分の考え方や世界の見方を変えていたのだと気づいた。
「すぐに答えが見つからなくても、諦めないことには意味があると思います。答えを探しながら、少しずつ前に進んでいけばいい。」
その気づきによって、クライミングとの向き合い方も変わっていった。結果を追い求めるだけではなく、学び、探求し、自分自身を更新していくためのものへ。かつて抱えていた迷いは、少しずつ新しい意味へと変わっていった。
競技の先にある、クライミングの未来
長年にわたり世界のトップで戦ってきた平山さんは、やがて自分自身が登るだけでなく、他の人たちがクライミングを始め、成長できる環境をつくることにも力を注ぐようになる。
その一つが、東京や埼玉を中心に展開するクライミングジム「Base Camp」だ。当初は自分自身がトレーニングできる場所をつくるという思いから始まったが、次第にさまざまな世代が集まる場所へと成長していった。
子どもたちがクライミングに出会い、将来のチャンピオンを目指す。一方で、トップアスリートがトレーニングに訪れ、50代、60代、70代の人たちも健康のために壁を登る。
平山さんにとって重要なのは、誰もがクライミングの中に自分なりの目的を見つけられることだ。楽しみでも、目標でも、モチベーションでも、健康のためでもいい。
現在はジムの運営だけでなく、埼玉の山間部を中心に、クライミングを地域の活性化につなげる活動にも取り組んでいる。国内外からクライマーを呼び込みながら、地域の住民や土地の所有者とも関係を築き、クライミングを通じて地域そのものを知ってもらうことを目指している。
フランスと日本を行き来してきた自身の経験は、こうした活動にもつながっている。海外で長く暮らしたことで、逆に日本の文化や家族、自分自身のルーツについて改めて考えるようになったという。
いま、ヒラヤマの視線は競技の結果だけには向いていない。日本のクライミングがさらに発展し、コンペティションだけでなく、自然の中でのクライミングや冒険など、より多様な楽しみ方へ広がっていくことを望んでいる。
40年以上にわたって壁を登り続けても、まだ終わりは見えない。新しいルート、新しい場所、そして新しい可能性が、今も彼を引きつけている。
平山さんにとって、クライミングとはたどり着くための「頂点」ではなく、次の一歩を踏み出すための理由なのかもしれない。
🎙 Itinéraires Singuliers – Parcours et Success stories
Un podcast produit par la CCI France Japon.
👉 Suivez-nous :
LinkedIn : https://www.linkedin.com/company/409155
Instagram : https://www.instagram.com/cci_france_japon/
Site web : https://www.ccifj.or.jp/
💌 Pour toute question ou partenariat : communication@ccifj.or.jp

日本でそのままクライミングの道を歩み続けることもできた。しかし19歳の平山ユージさんは、ヨーロッパのトップクライマーたちがどのようにトレーニングしているのかを知り、自らも世界の頂点を目指すため、フランスへ向かった。
数年間をフランスで過ごした経験は、彼のクライミングだけでなく、世界を見る目にも大きな影響を与えた。帰国後、世代を代表するクライマーの一人となった平山さんは、40年以上にわたってクライミングを続けながら、現在は自身のクライミングジムやさまざまな活動を通じて、その経験を次の世代へ伝えている。
「環境は大切です。ヨーロッパへ行って、最高レベルのクライミングを学び、その経験を日本に持ち帰りたいと思っていました。」
フランスへ
平山ユージさんがクライミングを始めたのは15歳のときだった。すぐに世界のトップクライマーたちと肩を並べることを目標に掲げるようになる。
17歳でアメリカに数か月滞在した際、ヨーロッパのクライマーたちと出会い、その技術の高さに強い刺激を受けた。帰国後はフランスのクライミング雑誌を読み漁り、トレーニング方法や技術の面で進んでいるように見えたヨーロッパのクライミングシーンに興味を深めていった。
そして19歳で、友人たちとともにフランスへ向かう。最初にマルセイユに入り、その後リュベロン地方へ。フランス語はほとんど話せず、現地のこともまだよく知らなかった。
しかし、フランスでの生活はクライミングだけにとどまらなかった。人との交流や食卓を囲む時間など、日本とは異なる文化や暮らしに触れるなかで、彼自身の価値観も少しずつ変化していく。
クライミングにおいても、ヨーロッパで新たな考え方を学んだ。フランスのクライマーたちはトレーニングを計画的に行い、限界まで追い込むことだけでなく、休むことにも同じように重きを置いていた。
そうした環境のなかで、ヒラヤマは自分自身のクライミングを模索していった。トレーニングの規律と、自由に登ること。その両方を経験したことが、その後の彼のスタイルを形づくっていく。
世界の頂点と、迷いの時期
やがて結果がついてくる。世界の舞台で活躍し、当時としては最高難度のルートにも挑戦するようになった。
しかし、目標を次々と達成する一方で、別の問いが生まれていた。
「なぜ、自分はまだ登っているのか」。
トレーニングと競技は、いつしか日常の一部になっていた。勝つことを目指して登り続ける一方で、それだけでは満たされない感覚も次第に強くなっていった。
転機となったのは、25歳のときに訪れた再びのアメリカだった。以前とは違う目で、世界を見ている自分に気づく。街の建物や身の回りの物、素材や形にまで自然と目が向き、「なぜこうなっているのだろう」と考えるようになった。
長年クライミングに打ち込み、トレーニングを続け、自分の居場所を探してきた時間そのものが、自分の考え方や世界の見方を変えていたのだと気づいた。
「すぐに答えが見つからなくても、諦めないことには意味があると思います。答えを探しながら、少しずつ前に進んでいけばいい。」
その気づきによって、クライミングとの向き合い方も変わっていった。結果を追い求めるだけではなく、学び、探求し、自分自身を更新していくためのものへ。かつて抱えていた迷いは、少しずつ新しい意味へと変わっていった。
競技の先にある、クライミングの未来
長年にわたり世界のトップで戦ってきた平山さんは、やがて自分自身が登るだけでなく、他の人たちがクライミングを始め、成長できる環境をつくることにも力を注ぐようになる。
その一つが、東京や埼玉を中心に展開するクライミングジム「Base Camp」だ。当初は自分自身がトレーニングできる場所をつくるという思いから始まったが、次第にさまざまな世代が集まる場所へと成長していった。
子どもたちがクライミングに出会い、将来のチャンピオンを目指す。一方で、トップアスリートがトレーニングに訪れ、50代、60代、70代の人たちも健康のために壁を登る。
平山さんにとって重要なのは、誰もがクライミングの中に自分なりの目的を見つけられることだ。楽しみでも、目標でも、モチベーションでも、健康のためでもいい。
現在はジムの運営だけでなく、埼玉の山間部を中心に、クライミングを地域の活性化につなげる活動にも取り組んでいる。国内外からクライマーを呼び込みながら、地域の住民や土地の所有者とも関係を築き、クライミングを通じて地域そのものを知ってもらうことを目指している。
フランスと日本を行き来してきた自身の経験は、こうした活動にもつながっている。海外で長く暮らしたことで、逆に日本の文化や家族、自分自身のルーツについて改めて考えるようになったという。
いま、ヒラヤマの視線は競技の結果だけには向いていない。日本のクライミングがさらに発展し、コンペティションだけでなく、自然の中でのクライミングや冒険など、より多様な楽しみ方へ広がっていくことを望んでいる。
40年以上にわたって壁を登り続けても、まだ終わりは見えない。新しいルート、新しい場所、そして新しい可能性が、今も彼を引きつけている。
平山さんにとって、クライミングとはたどり着くための「頂点」ではなく、次の一歩を踏み出すための理由なのかもしれない。
🎙 Itinéraires Singuliers – Parcours et Success stories
Un podcast produit par la CCI France Japon.
👉 Suivez-nous :
LinkedIn : https://www.linkedin.com/company/409155
Instagram : https://www.instagram.com/cci_france_japon/
Site web : https://www.ccifj.or.jp/
💌 Pour toute question ou partenariat : communication@ccifj.or.jp